心と体

突発性難聴 治療7,8日目

日曜日は医者がお休み。土曜日にもらったステロイドの錠剤3つを、他の薬と一緒に毎食後3回飲む。薬を飲むだけだ。

体調は特になし。聞こえ方も、右が少しにぶいかな?と感じる程度。発症前からと同じで、時々聞き取れない事がある。特に女性アナウンサーとか子供の高い声が言葉ではなく音にしか聞こえなかったりする。歌の歌詞なんかはその最たるもので、何度繰り返し聞いても、歌詞カードのように聞こえないのは、やはり難聴の一種だったのだろう。今回はそのバリエーションの一つだったのかな。

で、本日は8日目の月曜日。昨夜は暑くて良く眠れなかったせいか、午前中にだるくなったが、昼食後はそんなでもなかった。

定時後に医者へ。一応本日も、土曜日と同じ内容の点滴を受けた。その後、聴力検査。

検査は前回と同じ検査。検査後、結果のグラフを、前回のと合わせて見せてくれた。今日のデータは薄いかまぼこの断面のようで、高音域で少しへこんでいるのは加齢が原因と考えられるそうで、データ的には、ほぼ回復しているそうだ。前回のデータは、同じカーブで、中音域から上を丸いスプーンですくったように、高音域の聴力が極端に欠けていた。

前回はまだ耳が重かった時だけど、そんなに聴覚上の異常は自覚していなかったので、データは意外だった。そして、1週間で耳の聞こえ方がそんなに変化したとは自覚していなかったのに、データを見ると劇的に回復しているのにも意外な感じだ。

点滴は今日で終わり。今日は先週と同じ内容の処方箋をもらった。あと1週間は薬を飲むだけ。来週の月曜日は旗日で医者は休みなので、火曜日にもう一度通院して問題なければ治療は終了になる予定だ。





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突発性難聴 治療4、5,6日目

木曜日は夕方の点滴だったのだが、お昼くらいからなんだか体がだるかった。

いつものPC作業ではなく、測定器を用いた計測業務、薄暗い現場での作業で目が疲れる。だるさはそのせいかと思っていた。

定時後に点滴へ。4回目だ。耳鳴りはまだしている。点滴を入れ始めると、体が少し火照る。そして、だるい感じがなくなってしまった。ステロイドが切れてだるかったのだろうか。

翌日はまたデスクワーク。夕方4時に、なんだか急にだるくなった。5時の定時ですぐに点滴へ。今日は朝から耳鳴りが消えていた。その旨を医師に告げたせいか、ステロイドを少し減らしてくれたようだった。

点滴を開始すると、すぐにだるさは消えてしまった。ステロイド治療の効果は発病後1週間ということなので、やめた後がなんだか心配だ。

本日土曜日は朝の点滴。6回目の点滴になる。左腕3回、右腕3回交互。今日は右腕の3回目。左腕の血管は太いそうで、特に跡はめだたないが、右腕には少し内出血の跡が黄色と青黒い色で出ている。右の血管は細いそうで、止血が足りなくて血がもれたようだ。

点滴は今日も少し内容が違ったみたいだった。

明細による点滴の内容は

生理食塩水100ml 1袋。アデホスーLコーワ注20mg 4管。ビタミンB12注"Z"1000mg 1管。サクシゾン注射用300mg(溶解液付)1瓶。

1回目から4回目までは同じ内容。

5回目はサクシゾンが100mg瓶2本で200mgに、今日の6回目は1本の100mgと減っている。

明日用の飲むステロイドはプレドニン錠5mgが3錠だった。

ネットで調べるとなんだか大層なお薬のようだが、点滴の時の治療費は800円しなかった。値段で判断は出来ないけど、一般的な処方なのだと思う。

この後は、月曜日に聴力検査を行い、経過をみるそうだが、どうなるかな。右耳が発症前に比べて少し遠いというか重いような感覚はあるが、気にしなければ今のところはどうということはない。

改善していてもいなくても、今回の治療は終わりでいいと思う。治療の効果もなくなるそうだしね。

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突発性難聴 治療3日目

今日は午後が休診ということなので、朝点滴のため通院。


8時半の予約開始後で5番目の患者だった。

簡単な問診の後、9時10分から点滴開始。ピンクの薬液300ml。注射器で赤と白の薬を注射器で点滴の袋に注入して混ぜたもののようだ。

9時45分には会計も済み、10時前に職場復帰。近いので助かる。


今日はあいかわらず軽い耳鳴りが右耳だけに残っている。耳を指で塞がないとその音は聞こえない。

ステロイドはスポーツドーピングで使うものと同じなのかと思うほど、なんだか体が軽くなってきた。もっと逆に重くてだるくなるものと思っていたので、意外だった。

今日は午後通院がないので、そのまま19時まで残業したが、疲れてくると右耳に違和感が出る。

右目の奥の痛み、これは疲れるとよく出る痛みなのだが、その痛みが右上のほほ骨を経由して耳につながっていくような感じがする。そしてそれが右の首と肩のコリにむすびついているようにも感じる。

まだ3日目だが、だいぶ症状は良くなったようで、ほっとしている。このまま何もないことを祈りたい。

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突発性難聴 治療2日目

薬は毎食後。

アデホスコーワ顆粒10% 血液の流れを良くして難聴・めまいを改善する薬。
メチコバール錠 ビタミンB12。末梢神経の働きを助け、難聴・耳鳴り、めまいの改善する。
ガストロゼピン錠 胃の粘膜を保護する薬。
トロキシン錠 胃の粘膜を保護する薬。

点滴2回目。今日も薄ピンクの薬液。昨日は左腕だったので、今日は右腕から。

薬の影響と思える症状は今のところはないみたいだ。右耳の水の入ったような症状は消えている。
右耳に指を入れると、耳鳴りが続いているのがわかるが、通常はその耳鳴りは気にならない。左耳は全く異常を感じない。

昨夜は耳鳴りでよく眠れなかったが、今夜は大丈夫みたいだ。耳鳴りの音も、昨夜は不協和音っぽい濁った音だったが、今はきれいなトーンになっている。

明日は午後休診なので、午前中休みをもらって点滴だ。

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突発性難聴と診断されてしまった

朝から耳が変だった。水が入っているような感じだ。こういう事はたまにあるので、あまり気にしなかった。

いつもは耳抜きをすると急に症状が消えるのだが、今回は若干良くなるように思うが、すぐに戻ってしまう。

それでも、昼までは普通に仕事、機械製図の図面を読んで、PCにデータを入力するという、地味だけど手間はかかるし眠くなるし、時々古い図面と現状のつじつまが合わなくて爆発しそうになりながら、それでもいつものようにこなしていく。

昼前、どうもおかしいと思うようになった。両耳に症状が出ていたが、右耳の症状が改善しない。耳の穴を指でほじるように押し付けると、ピキンピキンという金属的な音が聞こえる。

昼休み。左耳の症状はだいぶ収まった。右耳はあいかわらずだ。中耳炎だろうと思い、会社のPCで地元の耳鼻科を検索。19時までやっているようなので、定時後に近くの医院へ行くことにする。

午後も右耳が重いまま。耳を澄ますとかすかに耳鳴りがあるようにも感じる。集中出来ないのが辛い。ただ、痛みとか平衡感覚が狂うとか音が聞こえない、まあ最近、耳はあまりよくなくて、しょっちゅう人の言葉を聞き返していたのだが、特に重大な異常は無いようだった。

定時に帰宅。耳鼻科へ。

問診の結果から検査することに。まずは聴力。1回目はヘッドホンから片耳づつ音を聞く。聞こえたらボタンを押す。検診でよくやるあれだ。

次は、片耳からはノイズ、反対の耳は骨伝導で音を聞く。やり方は同じで、骨伝導側の耳に音が聞こえたらボタンを押す。ノイズはあまり気にならない。部屋の外の子供の声が邪魔だと感じた。

結果は典型的な「突発性難聴」の聞こえ方らしい。結構聞こえていたつもりだったのだけど、だめだったようだ。

治療はただちにステロイドの点滴と投薬を1週間毎日。発症から1週間以上経過すると、もう治療の効果がなくなるそうだ。

点滴の前に、耳というか頭のレントゲンを撮影。耳の神経路に癌などがないかを調べるそうだ。レントゲンの現像ができるまで、ベッドで点滴。薄いピンク色の点滴薬だった。200~300ccくらいだろうか。終わるまでは30分くらいだったと思う。時計は気にしてなかった。

レントゲンの結果は、神経や耳の影は正常とのこと。これで晴れて、原因不明の「突発性難聴」が確定した。

日曜日は医院がお休みなので点滴代わりに経口薬をくれるそうだ。水曜日は午後休診なので、午前中に来なければならない。来れない時は入院しての治療、と、脅すつもりはないのだろうが、それだけ治療は急を要すのだろう。

今は点滴から4時間くらいたつ。点滴の副作用が何か出るかと思ったけれど、今のところ特になし。左耳は、若干違和感があるけれど、右耳の影響かな。右耳は少し症状が軽くなったようだ。右目の奥に痛みを少し感じ、それが耳の不快感につながっているような気もする。

飲酒や刺激物の摂取はダメ。仕事は続けて良いけれど、できるだけ疲れをためないように、との事だ。ブログなんか更新している場合ではないな。

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がんワクチンの治療効果は2.6%という割合と90/数千の近似

NHKの番組で、がんのワクチン治療についての番組をやっていた。

Tキラー細胞ががん細胞を攻撃することで、がんが死滅する効果を狙う治療らしい。

T細胞は免疫細胞の1つ。がん細胞の表面のペプチドを目印に攻撃をするそうだ。

ところが、このワクチン治療の効果が、2.6%と低かったという報告が信頼すべき所から出た為、一時研究は下火になってしまったそうだ。

そんな中、日本で研究を続けていた人がいて、がんの表面にあるペプチドを調べ、数千のペプチドがあることがわかり、その中で、治療に有効なペプチドが90あることがわかったそうだ。

その有効なペプチドに対してワクチンを作れば、効果の高いワクチンが出来るだろうという話と、薬のビジネスの話に番組は進んでいったが、途中で飽きて野球に戻ってしまった。

で、タイトルの話になるのだが、数千のペプチドの中で、治療効果の期待できるペプチドの候補が90有った。数千分の90。数千がいくつかにもよるけれど、2.6%という数値は近いと思う。

一見、2.6%という数値は、治療効果としては小さいかもしれないけれど、じつは何かの真実が含まれていたんだと思いたい。まあ、偶然かもしれないけれど。

明日、私は9ヶ月前の膀胱がんの手術の術後経過を見る検査を受けに病院へ行きます。

その前夜にがんの番組を見るというのも、何かの縁でしょうか?やな縁だな。

検査は、手術の1ヶ月後、3ヶ月後につづいて3回目です。膀胱鏡というカテーテル器具を尿道から膀胱へ入れて目視で検査します。麻酔ゼリーを尿道に入れてからカテーテルを挿入するのですが、独特の違和感というか重痛い感じが中々慣れません。

今から憂鬱です。

amazonで膀胱がんを探す。

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不整脈 心房細動とその治療の経緯 その2 脈拍39はアスリート並!?

不整脈にはじめて気付いたのは職場でだった。なんとなく動悸が不自然だなと思い脈を採ってみた。ドキンとしてから7回脈が打つと、次の8拍目があるべき時に脈がない。で、9拍目にドキンと来てその繰り返し。

初めのうちは作業にも支障は感じなかったが、なんだか気味が悪かった。そこで、当時高血圧の治療を受けていた病院で不整脈の話を医師に告げた。ただ、病院へ行った時には不整脈は止まっていて、心電図にも異常は無かった。今度は不整脈が出ている時に診察に来いと言われ、その時はそのまま。いつものように、血圧を下げる薬をもらっただけで帰宅。

その翌週は、日曜の夜から不整脈が起きて、月曜日の朝もまだ続いていた。この頃は、一度不整脈が出ると半日ほど続き、いつのまにか止まる事の繰り返しだった。月曜だったので仕事を休んで病院へ。心電図にも不整脈の波形が出ていたようで、診断は「典型的な心房細動」というものだった。薬をだしてもらい、しばらく薬で様子を見ることになった。

不整脈は出たり出なかったり。不整脈を抑える薬をもらっていたが、すぐ飲み忘れる。飲まないと不整脈が出るようになったが、薬を飲めばすぐ止まる。こんな感じで1年間は投薬のみだった。

年が明けて、2008年。心臓の専門医に診てもらうことにした。というのは、薬を飲んでも飲まなくても関係なく不整脈が出る時は出るようになった事。また、一度不整脈が出ると、2日くらいは止まらなくなっていた事。そして担当の医師も、その頃には高血圧より不整脈の治療がメインになっていたのだが、薬で止まらなければ手術で止める事も出来ると言い出していた事。これらから、幸い近くに循環器の専門病院があったので、そこを受診することにした。

不整脈の出ている時にハートセンターという所へ行ってみた。ホルターという24時間心電計を付けたり、一通りの検査に2日ほどかけ、診断はやはり「典型的な心房細動」ということだった。そして、今までと同じ不整脈を止める薬を処方され、さらにワーファリンも追加され、納豆を食べるなと指示されてしまった。

心房細動という病気は、それそのものは危険な症状ではないそうだ。ただ、心房細動が起きている時、心臓の中に血液の流れの悪い所が出来、そこで血栓が出来てしまうのが怖いんだそうだ。

ハートセンターへ来る前には、「バッファリンの量の少ない薬」というものももらって飲んでいた。これが血栓を予防する薬だったのだが、あまり効果は期待できないというので、より確実なワーファリンという事になったのだ。ワーファリンを飲むと血が固まりにくくなり、血栓を防止出来るという。つまり血がさらさらになるという事だと思う。なのに、同じく、血をさらさらにするという納豆とは相性が悪く、薬効を妨げるというので、納豆は食べてはダメなんだそうだ。

1月末から月1でハートセンターへ通いだした。不整脈はあいかわらず突然始り、脈も3回に1回は欠けていた。携帯心電計を購入して、自分でも波形をモニターしていたのだが、脈拍が40を切ると心電計から警告が出る。自転車のロードの選手は、安静時の脈拍は30台という話も聞くが、私は1/3が欠けて36-39。すでに仕事は辞めていて自宅静養中だったから脈が少なくても何も感じなかったが、階段で息切れしたりはしていたので、負担はあったのだと思う。

そんな頃、幽体離脱を経験してしまった。

なんだかだるいので、ベッドで横になっていた。ふと気付くと、目の前に見慣れた景色が見える。自分の部屋のようだが違和感がある。まず、視点が普段の頭の高さより高く、天井付近から見下ろしているようだった。また、視野が肉眼よりも広く感じた。まるで広角レンズで見ているようだった。

ベッドに大男が横たわっていた。体を向こう側の壁に向け、左手を不自然に壁に這わせて上に伸ばしていた。右手はその左手の手首を掴んでいた。誰だろう?とは思った。それより、このまま外へ出てみようという思いが込み上げて来た。どこからか外に出れるだろうかと左右を見回しても壁があるだけ。なんだか非常に疲れも感じて来た。とりあえず目の前のベッドの手前の空いているスペースで休もうと思い、ベッドへふわふわと降りて行った。あきらかに空中を漂っていたのだが、とくに変だとは思わなかった。ベッドの人物とは頭と足の向きを逆にして横たわり、天井をあおいで、ヤレヤレ、と思った所で目が覚めた。

目の前には壁があった。夢?多分夢だったのだろう。しかし、自分の妙な格好はなんなんだ。左を下にしてベッドの端の壁に向かって横になっていた。左手は目の前の壁にもたれさせて上に伸ばし、右手は肘を大きく上にあげ、肘から先を水平に伸ばし、右手で左手首の脈を採っていた。そう、夢の中で見た大男の格好そのものだ。

4月初めの診察の時に、話題としてこの話を持ち出したのだが、まさかこれが原因ではないと思うが、カテーテル手術をしましょう、ということになった。予約待ちなので、手術は7月半ばと3カ月以上先だ。

手術する理由は、不整脈を止める薬の中毒症状が出ているので、薬で不整脈をコントロールするのが難しくなったというのだが、意味は良くわからなかった。どちらにしろ、薬を飲んでいるのに、だんだん脈の欠ける頻度が高くなって来ていたので、いつかは手術になるだろうという覚悟があったので、とくに悩まずに手術を受けることにしたのだった。

(つづく)

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不整脈 心房細動とその治療の経緯 その1

意識を保ったまま、心臓を止められた事はあるだろうか。私はある。ただし、手術中に医師の管理下に於いてであった。

肺静脈から心臓に異常信号が届く。この信号によって心房細動が発生し、不整脈が起こる。というのが、私の症状だった。これをカテーテル手術で治療するのである。

右足付根のソケイ部の静脈から、2本のカテーテルを心臓へのばす。静脈は右心房につながっているので、カテーテルはまず右心房に到達する。治療は左心房で行う必要があるので、このカテーテルを左心房に入れなければならない。どうするのか。

答えはいたって簡単で、右心房から左心房へカテーテルを突き刺して貫通させるのである。なんとも乱暴な方法だと思うが、そうするのである。

じつは手術で何をされるのかは、あまり知らされていなかった。造影剤を2度入れるとは聞いていた。1度目の造影剤は2回にわけて、腕の点滴から入れられたようで、CT検査の時同様に、体の中を熱さが流れて行った。

で、2度目の造影剤を入れる時がきた。これも2回に分けて入れると説明された。「入れます」の声と同時に、ピーッという警報音が耳に入ってきた。目はつぶっていたが、周りがいきなり真っ暗になったような感じがした。体が重力方向に落ちて行く感じがして、手術台の硬さを強く背中に感じる。

何秒たっただろうか、なんだか気持が悪くなってきて、もう我慢できなくなる限界かなと思い、手を上げようとした時、ピーッという警報音は消え、気持もすぐ落ち着いてきた。「大丈夫でしたか」と聞かれた。「はい」と答えたつもりだったが、何も答えられなかったようにも思う。

すぐに2回目の造影剤を入れると言われた時、なんとなく、あの警報音は心臓が止まった警報だったのではとおぼろげに考えていた。

またそれは来た。ピーッという警報音。暗黒の中、重力方向に落ちて行く感覚。気持が悪くなってきた。さっきよりはもちそうにないかもと思っていたら、今度はすぐに警報音は止まった。

体に力が入っていたようだ。肩の力を抜くと、耳からは、それまでは気にしていなかったが、ピッ、ピッと心臓の拍動に合わせた音が聞こえてくる。手術準備はそこまでのようで、手術台の周りで人の動きが激しくなる。手術本番はこれからだ。

不整脈を自覚するようになったのは2006年の秋。薬での治療を続けていたが、結局2008年の7月にカテーテル手術を受けた。2009年6月の診察で、不整脈は根治したと説明を受けた。この3年ほどの不整脈の顛末を何回かに分けて報告したいと思う。

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