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2009年10月 6日 (火)

不整脈 心房細動とその治療の経緯 その2 脈拍39はアスリート並!?

不整脈にはじめて気付いたのは職場でだった。なんとなく動悸が不自然だなと思い脈を採ってみた。ドキンとしてから7回脈が打つと、次の8拍目があるべき時に脈がない。で、9拍目にドキンと来てその繰り返し。

初めのうちは作業にも支障は感じなかったが、なんだか気味が悪かった。そこで、当時高血圧の治療を受けていた病院で不整脈の話を医師に告げた。ただ、病院へ行った時には不整脈は止まっていて、心電図にも異常は無かった。今度は不整脈が出ている時に診察に来いと言われ、その時はそのまま。いつものように、血圧を下げる薬をもらっただけで帰宅。

その翌週は、日曜の夜から不整脈が起きて、月曜日の朝もまだ続いていた。この頃は、一度不整脈が出ると半日ほど続き、いつのまにか止まる事の繰り返しだった。月曜だったので仕事を休んで病院へ。心電図にも不整脈の波形が出ていたようで、診断は「典型的な心房細動」というものだった。薬をだしてもらい、しばらく薬で様子を見ることになった。

不整脈は出たり出なかったり。不整脈を抑える薬をもらっていたが、すぐ飲み忘れる。飲まないと不整脈が出るようになったが、薬を飲めばすぐ止まる。こんな感じで1年間は投薬のみだった。

年が明けて、2008年。心臓の専門医に診てもらうことにした。というのは、薬を飲んでも飲まなくても関係なく不整脈が出る時は出るようになった事。また、一度不整脈が出ると、2日くらいは止まらなくなっていた事。そして担当の医師も、その頃には高血圧より不整脈の治療がメインになっていたのだが、薬で止まらなければ手術で止める事も出来ると言い出していた事。これらから、幸い近くに循環器の専門病院があったので、そこを受診することにした。

不整脈の出ている時にハートセンターという所へ行ってみた。ホルターという24時間心電計を付けたり、一通りの検査に2日ほどかけ、診断はやはり「典型的な心房細動」ということだった。そして、今までと同じ不整脈を止める薬を処方され、さらにワーファリンも追加され、納豆を食べるなと指示されてしまった。

心房細動という病気は、それそのものは危険な症状ではないそうだ。ただ、心房細動が起きている時、心臓の中に血液の流れの悪い所が出来、そこで血栓が出来てしまうのが怖いんだそうだ。

ハートセンターへ来る前には、「バッファリンの量の少ない薬」というものももらって飲んでいた。これが血栓を予防する薬だったのだが、あまり効果は期待できないというので、より確実なワーファリンという事になったのだ。ワーファリンを飲むと血が固まりにくくなり、血栓を防止出来るという。つまり血がさらさらになるという事だと思う。なのに、同じく、血をさらさらにするという納豆とは相性が悪く、薬効を妨げるというので、納豆は食べてはダメなんだそうだ。

1月末から月1でハートセンターへ通いだした。不整脈はあいかわらず突然始り、脈も3回に1回は欠けていた。携帯心電計を購入して、自分でも波形をモニターしていたのだが、脈拍が40を切ると心電計から警告が出る。自転車のロードの選手は、安静時の脈拍は30台という話も聞くが、私は1/3が欠けて36-39。すでに仕事は辞めていて自宅静養中だったから脈が少なくても何も感じなかったが、階段で息切れしたりはしていたので、負担はあったのだと思う。

そんな頃、幽体離脱を経験してしまった。

なんだかだるいので、ベッドで横になっていた。ふと気付くと、目の前に見慣れた景色が見える。自分の部屋のようだが違和感がある。まず、視点が普段の頭の高さより高く、天井付近から見下ろしているようだった。また、視野が肉眼よりも広く感じた。まるで広角レンズで見ているようだった。

ベッドに大男が横たわっていた。体を向こう側の壁に向け、左手を不自然に壁に這わせて上に伸ばしていた。右手はその左手の手首を掴んでいた。誰だろう?とは思った。それより、このまま外へ出てみようという思いが込み上げて来た。どこからか外に出れるだろうかと左右を見回しても壁があるだけ。なんだか非常に疲れも感じて来た。とりあえず目の前のベッドの手前の空いているスペースで休もうと思い、ベッドへふわふわと降りて行った。あきらかに空中を漂っていたのだが、とくに変だとは思わなかった。ベッドの人物とは頭と足の向きを逆にして横たわり、天井をあおいで、ヤレヤレ、と思った所で目が覚めた。

目の前には壁があった。夢?多分夢だったのだろう。しかし、自分の妙な格好はなんなんだ。左を下にしてベッドの端の壁に向かって横になっていた。左手は目の前の壁にもたれさせて上に伸ばし、右手は肘を大きく上にあげ、肘から先を水平に伸ばし、右手で左手首の脈を採っていた。そう、夢の中で見た大男の格好そのものだ。

4月初めの診察の時に、話題としてこの話を持ち出したのだが、まさかこれが原因ではないと思うが、カテーテル手術をしましょう、ということになった。予約待ちなので、手術は7月半ばと3カ月以上先だ。

手術する理由は、不整脈を止める薬の中毒症状が出ているので、薬で不整脈をコントロールするのが難しくなったというのだが、意味は良くわからなかった。どちらにしろ、薬を飲んでいるのに、だんだん脈の欠ける頻度が高くなって来ていたので、いつかは手術になるだろうという覚悟があったので、とくに悩まずに手術を受けることにしたのだった。

(つづく)

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